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長崎地方裁判所 昭和35年(ワ)250号 判決 1963年6月28日

原告 池田密三郎

被告 国 外二名

訴訟代理人 長友初 外一名

主文

一、被告佐田義方は原告に対し、金六二〇、〇〇〇円及びこれに対する昭和三五年六月一八日より支払ずみまで年五分の割

合による金員を支払え。

一、原告の被告藤村憲重に対する請求を棄却する。

一、被告国は原告に対し、金一〇〇、〇〇〇円及びこれに対する昭和三五年六月一八日より支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

一、被告国に対する原告その余の請求を棄却する。

一、訴訟費用はこれを一〇分し、被告佐田義方、同国がそれぞれその二を負担し、その余を原告の負担とする。

事  実 <省略>

第四、証拠関係略

理由

第一、被告佐田義方に対する請求について、

被告佐田義方は適式の期日の呼出をうけながら、本件口頭弁論期日に出頭せず、最初になされた本件口頭弁論期日までに答弁書その他準備書面を提出しない。もつとも同被告は昭和三六年八月二一日当裁判所に対し答弁書を提出したが、本件最初になされた口頭弁論期日は昭和三五年九月二日であるから、その後提出した右答弁書は民事訴訟法第一三八条により陳述したものとみなすことができない。そうすると、被告佐田義方は民事訴訟法第一四〇条第三項に則り原告主張の請求原因事実をすべて自白したものとみなすべく、右事実によれば、原告の同被告に対する本訴請求はすべて正当として認容すべきである。

第二、被告藤村憲重に対する請求について、

一、訴外佐藤善男が昭和二八年五月一日訴外佐藤繁夫の実父母である訴外木下春吉、同ハツを右繁夫の親権者として別紙目録表示第一物件ほか建物一棟を訴外佐藤繁夫から訴外佐藤善男に贈与する旨の契約をなし、同年五月二〇日所有権移転登記を了した事実、訴外佐藤善男が被告藤村憲重より金三〇〇、〇〇〇円を借りうけた事実、被告藤村憲重が訴外佐藤善男において右貸付金三〇〇、〇〇〇円につき弁済期が到来しても弁済しないので、昭和二九年一一月二四日長崎地方裁判所平戸支部に対し別紙目録表示第一物件に対する抵当権の実行のため競売の申立をなし、ついで訴外佐藤繁夫が所有の別紙目録表示第二物件(当時未登記建物)に対し、これを訴外佐藤善男の所有として昭和三〇年一〇月一九日右佐藤善男に代位して所有権保存登記の申請をなした上、同日強制競売の申立をなした事実、被告藤村憲重の申立による別紙目録表示第一物件に対する任意競売手続及び別紙目録表示第二物件に対する強制競売手続が進行中、昭和三〇年一二月一五日、訴外佐藤繁夫が訴外佐藤善男を相手どり長崎地方裁判所平戸支部に対し、別紙目録表示第一物件に対する所有権取得登記の抹消登記手続並に別紙目録表示第二物件に対する所有権移転登記手続請求の訴(昭和三〇年(ワ)第四七号)を提起した事実、前記二個の競売手続の競売期日である昭和三一年七月五日被告佐田義方が別紙目録表示第一、第二物件をそれぞれ競落した事実、訴外佐藤繁夫が昭和三三年三月一日平戸簡易裁判所に被告佐田義方、同藤村憲重及び原告を相手として所有権取得登記抹消手続等の訴を提起し(昭和三三年(ハ)第一二号)、右事件は昭和三五年一月一二日訴外佐藤繁夫の勝訴、原告等の敗訴に帰し、右判決は確定した事実、以上の各事実はいずれも当事者間に争がない。

二、右当事者間に争のない各事実と各成立に争のない甲第二号証の二、同第三号証の一ないし四、同第四号証の一ないし四、原告本人及び被告佐田義方本人の名供述により各真正に成立したと認める甲第五号証の一ないし三、同第六号証の一ないし四(但し甲第五号証の三の官署作成部分の成立は当事者間に争がない)、各成立に争のない乙第一号証の一、二に証人西沢辰治、同池田志満野、同貞方岩雄の各証言及び原告、被告佐田義方(第一回)、同藤村憲重(第一回)各本人尋問の結果を綜合すれば次の事実が認められる。

訴外佐藤繁夫は昭和一一年一月一〇日訴外木下春吉、同ハツの五男として出生し、昭和一七年三月一七日訴外佐藤一男、同ツネ夫婦の養子となり、昭和一九年九月八日養父佐藤一男が死亡したので、同訴外人所有の別紙目録表示第一、第二物件ほか建物一棟を家督相続によつてその所有権を取得し、別紙目録表示第一物件ほか建物一棟についてはその旨所有権移転登記手続を経由したが、別紙目録表示第二物件については未登記物件であつたのでその登記手続を経由しなかつた。しかるに訴外佐藤善男は昭和二八年五月一日訴外佐藤繁夫の実父母である訴外木下春吉、同ハツを右繁夫の親権者として別紙目録表示第一物件ほか建物一棟を訴外佐藤繁夫より訴外佐藤善男に贈与する旨の契約がなされたものとし、同月二〇日、贈与者である未成年者佐藤繁夫の親権者として右実父母の署名捺印ある登記申請書、委任状、印鑑証明書に戸籍謄本、戸籍抄本を添附して長崎地方法務局生月出張所に提出したところ、同法務局生月出張所登記官吏林田弘は右戸籍謄本、戸籍抄本によれば訴外佐藤繁夫の法定代理人が右実父母でないこと明らかであるから、不動産登記法第四九条第二号により右申請を却下すべきにかかわらず、過誤により右申請を受理し、同法務局生月出張所昭和二八年五月二〇日受付第一二〇号を以て所有権移転登記手続を了した。訴外佐藤善男は被告藤村憲重より金三〇〇、〇〇〇円を借りうけ、同年一月二五日右債務を担保するため別紙目録表示第一物件ほか建物一棟につき抵当権設定契約をなし、同日前記法務局生月出張所受付第一九号を以て抵当権設定登記をなしたところ、被告藤村憲重は訴外佐藤善男が前記債務をその弁済期がすぎても弁済しないので、昭和二九年一一月二四日長崎地方裁判所平戸支部に対し別紙目録表示第一物件ほか建物一棟に対し抵当権を実行するため任意競売の申立をなし(昭和二九年(ケ)第五一号)、ついで別紙目録表示第二物件が訴外藤繁善男の所有であるとして同物件について強制競売の申立をなし(昭和三〇年(ヌ)第一四号)、右第二物件が未登記不動産であるところから、昭和三〇年一〇月二一日登記官吏が裁判所の嘱託に基き競売申立の登記をなす際職権を以て訴外佐藤善男所有名義に保存登記手続をなした。被告藤村憲重は別紙目録表示第一、第二物件がいずれも訴外佐藤善男の所有に属せず訴外佐藤繁夫の所有に属することを知らず、前記二個の競売手続が進行中、訴外佐藤繁夫が別紙目録表示第一、第二物件の所有権を主張して訴外佐藤善男を相手として昭和三〇年一二月一五日長崎地方裁判所平戸支部に対し、別紙目録表示第一物件については所有権移転登記の抹消登記手続を、別紙目録表示第二物件については所有権移転登記手続を求める訴を提起したのであるが(昭和三〇年(ワ)第四七号)、被告藤村憲重はその頃右事実を知りながら前記二個の競売手続を続行した。被告佐田義方は訴外佐藤繁夫が別紙目録表示第一、第二物件についてその所有権を主張し訴外佐藤善男を相手として前記訴訟を提起している事実を知らなかつたところから、前記二個の競売手続の競売期日である昭和三一年七月五日別紙目録表示第一、第二物件をそれぞれ競落し、同月一六日附競落許可決定を登記原因として、別紙目録表示第一物件について長崎地方法務局生月出張所同年八月二〇日受付第三二七号を以て、別紙目録表示第二物件について同法務局生月出張所同年八月二〇日受付第三二八号を以て、それぞれ所有権移転登記手続を経由した。被告佐田義方は別紙目録表示第一、第二物件について転売すべく転売先を物色中右物件について訴外佐藤繁夫と訴外佐藤善男との間に訴訟が係属していることを聞知したが、右物件は裁判所における競売手続により競落してその所有権を取得したものであり、所有権移転登記手続を了したものであるから、右訴訟により自己の所有権に影響を要えるものではないと信じ、昭和三二年六月原告と売買の交渉をなし、原告において訴外池田志満野をして登記簿を閲覧せしめたところ、右物件について被告佐田義方に競落許可決定を原因として所有権移転登記がなされているところから、原告及び被告佐田義方は、右物件について訴外佐藤繁夫と訴外佐藤善男間の前記訴訟に基き予告登記がなされていることを看過して、同年六月八日右物件について、代金六三〇、〇〇〇円、手附金一三〇、〇〇〇円、残額五〇〇、〇〇〇円は同年一〇月三一日引渡並に登記完了と同時に支払う旨の売買契約を締結し、即日原告より被告佐田義方に手附金一三〇、〇〇〇円が交付された。原告は右売買契約を締結して間もなく訴外佐藤繁夫の後見人である訴外村田久太郎より訴外佐藤繁夫と訴外佐藤善男との間に前記訴訟が係属していることを聞知したので、訴外池田志満野に調査方を依頼したところ、同訴外人は被告佐田義方と同道して長崎地方法務局生月出張所に赴き、同所登記官吏貞方岩雄に面接し、同登記官更に対して訴外佐藤繁夫と訴外佐藤善男との間に前記訴訟が係属している事情など質問の真意を詳らかにせず、不得要領のまま競落許可決定による被告佐田義方の所有権移転登記が抹消される性質のものであるかどうかを質問したので、右登記官吏は「公売処分の取消決定に基き、公売処分による権利移転の登記の抹消をするには、当事者の申請によるべきであつて、取消決定をなした官庁の嘱託によるべきではない」旨の法務府民事甲第二〇四三号滞納処分取消のため登記抹消手続に関する件と題する通達の趣旨に照らし、別紙目録表示第一、第二物件に対する被告佐田義方の所有権移転登記はその登記原因となつた競落許可決定が取消されても裁判所の嘱託によつては抹消登記はなされない旨説明したのであるが、前記池田志満野は訴外佐藤繁夫と訴外佐藤善男との間の前記訴訟の結果によつては被告佐田義方の所有権に影響を及ぼすものでないと即断し、その旨原告に報告した。原告は池田志満野の報告により一応安心したが、別紙目録表示第一、第二物件の所有権取得につきなお疑念を払拭することができず、前記売買残代金五〇〇、〇〇〇円をその弁済期である昭和三二年一〇月三一日に支払わなかつたところ、被告佐田義方より売買契約の解除と手附金倍戻の請求があり、その解決を訴外西沢辰治に依頼したのであるが、同訴外人より右物件は被告佐田義方が裁判所の競落許可決定によりその所有権を取得したものであるから間違いないであろうと再度売買の締結を勧奨するところがあり、訴外池田志満野をして被告佐田義方と同道せしめて再び前記法務局生月出張所登記官吏貞方岩雄に事情聴取のため赴かしめたところ、前同様の質問に対し、右登記官吏貞方岩雄が前記通達(乙第一号証の一、二)を示して前同様の説明をなし、右池田志満野が前同様訴外佐藤繁夫と訴外佐藤善男との間の訴訟によつては被告佐田義方の所有権に影響を及ぼすものでないと即断してその旨原告に報告したところから、昭和三三年二月六日、原告と被告佐田義方との間において前記売買代金六三〇、〇〇〇円を金五九五、〇〇〇円に減額し、既に授受を了した手附金一三〇、〇〇〇円は内入金とし、所有権移転登記完了と同時に金一〇〇、〇〇〇円、同年四月三〇日金二〇〇、〇〇〇円、同年六月三〇日金一七〇、〇〇〇円を支払う旨の売買契約をなし、同月八日原告において登記等の諸費用金二〇、〇〇〇円を支出して別紙目録表示第一、第二物件について長崎地方法務局生月出張所同日受付第三三号を以て所有権移転登記手続をなし、同日原告より被告佐田義方に対し金一〇〇、〇〇〇円を支払い、金額二〇〇、〇〇〇円、支払期日同年四月三〇日の約束手形一通、金額一七〇、〇〇〇円、支払期日同年六月三〇日の約束手形一通を振出した。訴外佐藤繁夫と訴外佐藤善男との間の前記訴訟(昭和三〇年(ワ)第四七号)は昭和三二年九月一九日訴外佐藤繁夫勝訴、訴外佐藤善男敗訴の判決となつたのであるが、その理由とするところは、訴外佐藤善男が訴外佐藤繁夫の親権者をその実父母であるとして同人等との間になした贈与ならびにこれを原因とする所有権移転登記は、当時右繁夫を代表しうる者が右繁夫と訴外佐藤ツネとの養子離縁が有効なものであれば後見人であり、無効なものであれば親権者たる養母佐藤ツネであるから無効であるとするのである。そこで、訴外佐藤繁夫は昭和三三年三月五日平戸簡易裁判所に対し被告佐田義方、同藤村憲重及び原告を相手として、被告佐田義方に対しては別紙目録表示第一、第二物件に対する長崎地方法務局生月出張所昭和三一年八月二〇日受付第三二七号、同第三二八号の前記所有権移転登記の抹消登記手続を、被告藤村憲重に対しては右第一、第二物件以外の物件に対する抵当権設定登記の抹消登記手続を、原告に対しては右第一、第二物件に対する同出張所昭和三三年二月八日受付第三三号の前記所有権移転登記の抹消登記手続を求める訴を提起し(昭和三三年(ハ)第一二号)、その頃それぞれ右訴状副本が送達されたところ、原告及び被告佐田義方は被告として右のような訴の提起をうけたことを知りながら、原告より被告佐田義方に対し別紙目録第一、第二物件の残代金として既に振出した前記二通の約束手形金合計金三七〇、〇〇〇円をそれぞれその支払期日に支払い、被告佐田義方はこれを受領した。ところで訴外佐藤繁夫と被告佐田義方、同藤村憲重及び原告間の右訴訟は、訴外佐藤繁夫と訴外佐藤善男間の前記訴訟と同様の理由により、昭和三五年一月一二日、訴外佐藤繁夫勝訴、被告佐田義方、同藤村憲重及び原告敗訴の判決となり、右二個の判決は当時いずれも確定した結果、別紙目録表示第一物件について訴外佐藤繁夫より訴外佐藤善男、同訴外人より被告佐田義方、同被告より原告に順次なされた前記各所有権移転登記及び別紙目録第二物件について訴外佐藤善男より被告佐田義方、同被告より原告になされた前記各所有権移転登記がいずれも抹消登記され、別紙目録表示第二物件について訴外佐藤善男より訴外佐藤繁夫に所有権移転登記手続がなされて、右一、第二物件について完全にその所有権が訴外佐藤繁夫に回復された。

証人池田志満野、同佐藤繁夫の各証言及び原告、被告佐田義方(第一回)の各本人尋問の結果中右認定に反する部分は採用できず、他に右認定を左右するにたりる証拠はない。

三、原告は、原告と被告佐田義方との間の前記売買契約は同被告の欺罔手段により原告を錯誤に陥入らしめたものである旨主張し、被告佐田義方が原告より売買名下に売買代金を詐取した旨の主張をなすもののようであるが、かかる事実は本件に顕われた全証拠によつても認められず、さきに認定した事情のもとに成立した右売買契約は、民法第五六〇条、第五六一条によれば、他人の権利をもつて売買の目的とすることは有効であり、しかもその他人の権利であることは売買契約当時当事者双方が知らない場合でも同様であるから、要素に錯誤があつたため無効とすることもできない。しかしながら、民法第五六一条によれば売主がその権利を取得して買主に移転できないときは、買主は契約の解除をなすことができるところ、原告及び被告佐田義方(第一回)各本人尋問の結果に弁論の全趣旨によれば、売主である被告佐田義方が別紙目録表示第一、第二物件の所有権を取得して買主たる原告に移転することができず、原告が被告佐田義方に対して遅くとも本件訴提起に至るまでの間に右売買契約の解除をなしたことが窺えるので、原告が支出した前記認定の売買代金六〇〇、〇〇〇円及び登記等の諸費用金二〇、〇〇〇円は原告の蒙つた損害として、原告は同被告に対しその賠償を請求しうべき関係にある。そして、原告の蒙つた右損害は被告佐田義方の契約不履行によるものとして原告は同被告に対しその賠償を請求しうべきことはいうまでもないが、契約不履行による責任が認められるときも不法行為責任は排除されないものと解せられるところ、前記認定の事情のもとにおいて、右売買契約を締結し原告をして売買代金六〇〇、〇〇〇円及び登記等の諸費用金二〇、〇〇〇円を出捐せしめたことこついて、被告佐田義方はすくなくとも過失に基く不法行為があつたものと認めるを相当とする。

四、ところで別紙目録表示第一物件について訴外佐藤繁夫より訴外佐藤善男に対してなされた贈与を原因とする所有権移転登記は真実に合致しないものであつて、かかる真実に合致しない登記簿上の記載がなされるについて登記官吏に過失があり、右登記官吏の過失が前記認定の被告佐田義方の不法行為ととも共同不法行為の関係にたつことは後記認定のとおりであるが、原告は、被告藤村憲重が別紙目録表示第二物件について過失により代位による所有権保存登記申請をなし、かつ、別紙目録表示第一、第二物件について訴外佐藤繁夫の取下要求にもかかわらず競売手続を故意に続行した行為は前記被告佐田義方及び登記官吏の行為とともに共同不法行為を構成すると主張するので判断するに、被告藤村憲重が訴外佐藤善男に対する貸金三〇〇、〇〇〇円の債権について同訴外人がその弁済期がすぎても弁済しないので、昭和二九年一一月二四日長崎地方裁判所平戸支部に対し、別紙目録表示第一ほか建物一棟に対し抵当権を実行するため任意競売の申立をなし(昭和二九年(ケ)第五一号)、ついで別紙目録表示第二物件が右訴外人の所有であるとして同物件について強制競売の申立をなし(昭和三〇年(ヌ)第一四号)、右第二物件が未登記不動産であるところから、昭和三〇年一〇月三一日登記官吏が裁判所の嘱託に基き競売申立の登記をなす際職権を以て右訴外人所有名義に保存登記手続をし、被告藤村憲重が別紙目録表示第一、第二物件がいずれも右訴外人の所有に属せず訴外佐藤繁夫の所有に属することを知らず、前記二個の競売手続を進行したことは既に認定したとおりであるが、別紙目録表示第二物件について訴外佐藤善男名義に所有権保存登記がなされたのは原告主張のように被告藤村憲重の代位による保存登記申請によるものではない。被告藤村憲重が別紙目録表示第二物件について強制競売の申立をなしたのは、被告藤村憲重本人尋問の結果(第一回一に前記認定の事情経過を徴するときは、別紙目録表示第一物件について訴外佐藤繁夫より訴外佐藤善男に所有権移転登記手続がなされており、別紙目録表示第二物件は右第一物件の土地上に建築された建物であつて、これに訴外佐藤善男が居住し、同訴外人が固定資産税の納税証明書を示して自己の所有物件である旨説明したため、右第二物件は訴外佐藤善男の所有に属するものであると信じたためであり、被告藤村憲重がかく信じたことについて過失がないことが明らかである。しかしながら、さきに認定した事実によれば、被告藤村憲重は、訴外佐藤繁夫が別紙目録表示第一、第二物件の所有権を主張して訴外佐藤善男を相手どり昭和三〇年一二月一五日長崎地方裁判所平戸支部に対し第一物件について所有権移転登記の抹消登記手続を、第二物件について所有権移転登記手続を求める訴(昭和三〇年(ワ)第四七号)を提起した事実を右訴提起当時知つたのではあるが、なお前記二個の競売手続を続行した。かかる場合被告藤村憲重としては、第一物件については登記簿の記載に信をおき第二物件については前記認定の事情によつて佐藤善男の所有と信じたのであつて以上いずれの場合も右措信については同被告に過失ありとはいえないから、右訴の提起があることを知らされたところで、これに基いて特別の措置を講ずる義務はない。真の所有者と主張する佐藤繁夫よりそれを根拠づける事実並びに証拠を主張提示せられた場合は格別さような点についての主張立証なき本件においては同被告において競売手続の停止取下をしなかつたことを目して不法行為ということはできないから、同被告に対する原告の請求は理由がない。

第三、被告国に対する請求について、

一、訴外佐藤繁夫が昭和一一年一月一〇日訴外木下春吉、同ハツ間の五男として出生し、昭和一七年三月一七日訴外佐藤一男、同ツネ夫婦の養子となり、昭和一九年九月八日養父佐藤一男が死亡したので、その家督を相続した事実、別紙目録表示第一、第二物件は訴外佐藤繁夫が右家督相続により所有権を取得した事実、原告主張の請求原因第二項ないし第五項の各事実、被告藤村憲重の申立による別紙目録表示第一物件に対する任意競売手続及び別紙目録表示第二物件に対する強制競売手続が平行して進行していたところ、昭和三〇年一二月一五日、訴外佐藤繁夫が訴外佐藤善男を相手どり長崎地方裁判所平戸支部に対し、右第一物件に対する所有権移転登記手続並に右第二物件に対する所有権移転登記手続請求の訴(昭和三〇年(ワ)第四七号)を提起したが、右被告は右競売手続を続行した事実、その結果、昭和三一年七月五日の競売期日において被告佐田義方が別紙目録表示第一、第二物件をそれぞれ競落し、同年八月二〇日競落許可決定を原因とする所有権移転登記手続を了した事実、訴外佐藤繁夫と訴外佐藤善男間の前記訴訟につき右佐藤繁夫勝訴の判決が確定した事実、被告佐田義方、訴外池田志満野が長崎地方法務局生月出張所に来所した事実、訴外佐藤繁夫が昭和三三年三月一日さらに平戸簡易裁判所に被告佐田義方、同藤村憲重及び原告を相手として所有権取得登記抹消登記手続等の請求事件(昭和三三年(ハ)第一二号)を提起した事実、原告主張の請求原因第一一項中原告の被害の事実及びその額の点を除くその余の事実、訴外佐藤善男が別紙目録表示第一物件ほか建物一棟につき長崎地方法務局生月出張所において贈与による所有権移転登記申請をなすに際し、右申請書には贈与者である未成年者訴外佐藤繁夫の親権者として実父木下春吉、実母ハツの署名捺印がなされ、申請書添附の委任状、印鑑証明書も右実父母の発行するものであつて、しかも右申請書添附の戸籍謄本及び戸籍抄本によれば右未成年者佐藤繁夫の法定代理人は右実父母でないこと明らかであるから、右申請に対しては、その係の登記官吏は不動産登記法第四九条第二号により右申請を却下すべきにかかわらず、不注意にもこれを受理してその登記を了した事実、以上の各事実はいずれも当事者間に争がない。右当事者間に争のない各事実と各成立に争のない甲第一号証の一ないし一〇、同第三号証の一ないし四、同第四号証の一ないし四、原告本人及び被告佐田義方本人の各供述により各真正に成立したと認める甲第五号証の一ないし三、同第六号証の一ないし四(但し甲第五号証の三の官署作成部分の成立は当事者間に争がない)、各成立に争のない乙第一号証の一、二に証人西沢辰治、同池田志満野、同貞方岩雄の各証言及び原告被告佐田義方(第一回)、同藤村憲重(第一回)各本人尋問の結果を綜合すれば、前記第二、被告藤村憲重に対する請求について、その第二項において認定したとおりの事実を認めることができる。そして、原告と被告佐田義方との間において訴外佐藤繁夫所有にかかる別紙目録第一、第二物件についてなされた売買契約は、売主たる被告佐田義方が右第一、第二物件の所有権を取得して買主たる原告に移転することができず、原告が右売買契約を解除したため、原告が右売買契約のため支出した売買代金六〇〇、〇〇〇円及び登記等の諸費用金二〇、〇〇〇円につき損害を蒙つたこと、原告の右損害の発生につき被告佐田義方がすくなくとも過失に基く不法行為責任を免れないことは既に認定したとおりである。

二、ところで、別紙目録表示第一物件について訴外佐藤繁夫より訴外佐藤善男に対してなされた贈与を原因とする所有権移転登記は真実に合致しないものであつて、かかる真実に合致しない登記簿の記載がなされるについて長崎地方法務局生月出張所登記官吏林田弘に過失があつたことは当事者間に争がないところ、原告は、原告が被告佐田義方と別紙目録表示第一、第二物件につき売買契約を締結し、右売買代金を支払うに当り、前後二回にわたり訴外池田志満野を代理人として被告佐田義方と同道せしめて長崎地方法務局生月出張所に事情調査のため赴かしめたところ、同出張所登記官吏貞方岩雄が訴外佐藤繁夫と訴外佐藤善男間の訴訟(昭和三〇年(ワ)第四七号)及び訴外佐藤繁夫と被告佐田義方、同藤村憲重、原告間の訴訟(昭和三三年(ハ)第一二号)の結果によつては、原告が被告佐田義方より取得する前記第一、第二物件の所有権に影響を及ぼすものでない旨言質を与えたとし、右登記官吏貞方岩雄の行為は前記登記官吏林田弘の過失とともに国の公権力の行使に当る公務員がその職務を行うについて故意又は過失によつて違法に他人に損害を加えたときに該当するのであり、前記被告佐田義方の不法行為とともに共同不法行為を構成すると主張する。しかし、前記認定事実によれば、原告が被告佐田義方と別紙目録表示第一、第二物件について昭和三二年六月八日売買契約を締結した直後ならびに昭和三三年二月六日再度売買契約を締結した直前において、訴外池田志満野が原告の依頼により被告依田義方と同道して長崎地方法務局生月出張所に赴き、同出張所登記官吏貞方岩雄に対し、訴外佐藤繁夫と訴外佐藤善男との間に訴訟(昭和三〇年(ワ)第四七号が係属している事情など質問の真意を詳らかにせず(当時訴外佐藤繁夫と被告佐田義方、同藤村憲重及び原告間の昭和三三年(ハ)第一二号事件の訴訟は係属していなかつた)、不得要領のまま競落許可決定による被告佐田義方の所有権移転登記が抹消される性質のものであるかどうかを質問したので、右登記官吏が法務府民事甲第二〇四三号通達の趣旨に照らし、別紙目録表示第一、第二物件に対する被告佐田義方の所有権移転登記はその登記原因となつた競落許可決定が取消されても裁判所の嘱託によつては抹消登記されない旨説明したところ、訴外池田志満野が前記訴訟の結果によつては被告佐田義方の所有権、従つて同被告より取得する原告の所有権に影響を及ぼすものでないと即断し、その旨原告に報告した経緯が認められるのであつて、原告主張のように右登記官吏が前記二個の訴訟の結果によつては原告が被告佐田義方より取得する所有権に影響を与えるものでない旨言質を与えたことを認めらる確拠はない。もつとも、前記認定の事情経過に徴するときは、別紙目録表示第一、第二物件については訴外佐藤繁夫の訴外佐藤善男に対する訴(昭和三〇年(ワ)第四七号)提起により予告登記がなされていたのであるから、右登記官吏としては質問に応ずる以上その質間の真意を値し、いやしくも誤解を生ずることのないよう十分配慮すべきであつて、証人貞方岩雄の証言と被告佐田義方本人の供述(第一回)によれば、右登記官吏が訴外池田志満野等に対し詳細については裁判所または弁護士に相談されたい旨助言したことが窺われるけれども、なおこの点につきいささか遺憾とするところがあつたとしなければならないが、このことにより右登記官吏に国家賠償法第一条にいわゆる「その職務を行うについて」過失があつたとすることができない。そこで、前記登記官吏林田弘の過失、すなわち、別紙目録表示第一物件について訴外佐藤繁夫より訴外佐藤善男に対してなされた贈与を原因とする所有権移転登記は真実に合致しないものであつて、かかる真実に合致しない登記簿の記載をなしたことの過失と原告の前記損害との間に因果関係があるかどうかを検討するに、元来登記に公信力を認めないわが国法制のもとにおいても、登記官吏に形式的審査権を認め、できるかぎり実体上の権利関係を登記簿上に反映しようとつとめているのであつて、そのため登記に権利の推定力があるのであり、通常不動産の取引をしようとする者は登記簿上の記載に信頼をおいて取引しているのであるから、別紙目録表示第一物件について前記登記官吏林田弘の過失により訴外佐藤繁夫より訴外佐藤善男に対してなされた所有権移転登記は、その後競落許可決定に基き被告佐田義方に所有権移転登記がなされることにより、原告と被告佐田義方との間に右第一物件につき前記売買契約がなされるについて重要な契機を与えたものというべく、右登記官吏の過失は前記認定の被告佐田義方の不法行為と客観的に関連共同し、右被告佐田義方の不法行為を通じて原告に発生した損害、すなわち、原告が右売買契約に基き支出した売買代金六〇〇、〇〇〇円、登記等の諸費用金二〇、〇〇〇円のうち別紙目録表示第一物件に関する部分との間に相当因果関係があると認めるべきである。

三、よつて、最後に被告国の過失相殺の主張について判断する。既に認定したところによると、原告は昭和三二年六月八日被告佐田義方との間において別紙目録表示第一、第二物件について売買契約を締結するに当り、訴外池田志満野をして登記簿を閲覧せしめたところ、右第一、第二物件については、訴外佐藤繁夫の訴外佐藤善男に対する訴訟(昭和三〇年(ワ)第四七号)の提起により予告登記がなされていたにもかかわらず、これを看過し、ついで訴外佐藤繁夫の後見人である訴外村田久太郎より訴外佐藤繁夫と訴外佐藤善男との間に前記訴訟が係属していることを直接聞知しながら、昭和三三年二月六日再度被告佐田義方との間に売買契約を締結し、その後訴外佐藤繁夫より被告佐田義方、同藤村憲重及び被告に対して訴訟(昭和三三年(ハ)第一二号)が提起されたにもかかわらず、右売買代金のうち金三七〇、〇〇〇円を被告佐田義方に支払つたことが認められるが、訴外池田志満野が右予告登記を看過した過失は民法第七二二条にいわゆる被害者の過失に含まれると解すべきであり、その他前記認定の諸事情を検討するときは、原告が右第一、第二物件についてその登記簿上の記載を信じたことについて過失があつたとしなければならない。そうすると、鑑定人松本徳重の鑑定の結果に照らし、原告の過失を斟酌するときは、被告国に対する原告の前記損害額は金一〇〇、〇〇〇円の範囲においてこれを認めるのが相当である。

第四、結論

以上のとおりであるから、原告の被告佐田義方に対する請求は全部正当として認容すべきであるが被告藤村憲重に対する請求は全部失当として棄却すべきであり、被告国に対する請求は金一〇〇、〇〇〇円とこれに対する本件訴状が送達された後であること訴訟記録上明らかな昭和三五年六月一八日より支払ずみまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める範囲においては正当であるが、爾余の部分は理由がないから棄却すべきである。

よつて、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九〇条、第九二条、第九三条第一項但し書を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 亀川清 阪井いく朗 柴田和夫)

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